百年の退屈 : 「世界一素敵な学校」について(3)[日々是ことば拾い]

[Written by たろう]
(メモのとこに置いていたんだけど、いまさらながらにこちらに移動…)
 
元は「高橋源一郎さんの「世界一素敵な学校」 - Togetter(Note:10522)」から
 
「自分だったらこの"学校"に行きたいか」
「自分の子供をこの"学校"に行かせたいか」
の2つの問いからの展開。
 
(ちなみにたろう自身はどちらも「行きたい」「行かせたい」)

まず自分の場合、学校を出て、仕事をして、家庭を持ち、生活をしていても学習は必要。
ただ、学習する目標や行動は自分で決めて、自分で動かないといけない。
目標が与えられたり、計画通りに動いたりというのは最初はよいが、より先に進むには「自力で進む力」が必要
たぶん、それが「生きていくために必要な力」でそれが養えそうなこの"学校"は非常に魅力的に思える

当然、自分の子供にも「自分(たろう)が進んだ学び方」と違った方法でも、「生きていくために必要な力」がつけられるなら行かせたい。
もちろん上記リンクにも上がっていた通り、「"普通の学校"で学ぶことについていけない」という不安はあるし、その"普通の学校"に行っている人、行っていた人からするとその「"普通の学校"を出た人が形成する社会」になじめない不安もある
…でも、「"普通の学校"を出た人が形成する社会」になじまなくても、自分の子が自力で生きていける人間になってほしい…というのが、親として願いなので「行かせたい」かな?
(あと、うちの子は「"普通の学校"を出た人が形成する社会」になじまないと思うので、自力で生きていける力を身につけてほしい…と他の親よりも強く思っているところはあるかも)

この2つの問いに対する回答は人それぞれだけど、たぶん年代や子供の有り無しとかでも傾向が違うんだろうなーと思ったり
一つの鍵は「"普通の学校"を出た人が形成する社会」になじめない人ってのが、想像できるかどうかかな?
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[2012-01-24 15:30:49]


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